松之草紙漉場跡

まつのくさかみすきばあと

 緒川地域松之草地区、「風車の弥七の墓」近くに、水戸藩第2代藩主 徳川光圀が、奥女中たちを遣わして紙漉きを見せたという場所があります。「松之草紙漉場跡」です。

 水戸藩士の立原翠軒(たちはらすいけん)が、後世に光圀の言行をまとめた「西山遺聞」(せいざんいぶん)などの史料によると、光圀は、御殿の奥向きに仕える侍女たちが紙を浪費するのを常々嘆いていたが、ある冬の寒い日、松之草村の小瀬沢川に侍女たちを遣わして、冷たい水で紙を漉く農民の姿を見せ、その苦労を教えて紙を大切に使うよう諭したといいます。この話は、明治33年(1900)発行の尋常小学校の教科書や、大正8年(1919)年発行の教科書に採用されたため、人々によく知られた逸話でした。

徳川光圀の紙節約に関する教科書の挿絵と解説
松之草和紙史料館に展示してあるパネルのひとつです。
義公紙節約.pdf
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「松之草和紙史料館」について

 背後に小瀬沢川が流れるこの史料館は、紙の生産増大に力を注いだ水戸2代藩主徳川光圀にゆかりあるこの地に、近隣の方々が提供して下さった貴重な紙漉きに関連する道具を展示し、多くの皆さまに公開するため設けられました。しかし、これらの道具を含む「常陸大宮及び周辺地域の和紙生産用具と製品」が貴重な文化財と認められ、平成25年3月に国登録有形民俗文化財になったことから、破損が進まぬよう、展示品を他の施設に収蔵・保管し、国指定有形民俗文化財を目指して、さらなる調査が行われることとなりました。そのため、松之草和紙史料館は、当地の紙漉きの歴史や工程を、パネル展示で学ぶ施設としてリニューアルされました。